| ゆきえの部屋 |
|---|
| ホーム クレヨン社 アルバム 加藤秀樹 柳沼由紀枝 |
| ゆきえの部屋 50の問答 温故知新 コレクション |
|
ダイエット 小学生の頃までは、背は低めではあったが特に太っている方でもなく標準タイプ(だけど骨太)だった。 ところが中学生になると、外で遊ぶ事をしなくなったせいかプクプクと太りだして、どこから見ても太めの女の子になっていた(152.5cmで53kg)。 体育の授業で短パン姿や水着姿になるのがつらくなった私は、13歳の夏にやせる決意をし、ここから私の長いダイエット人生が始まる。 一番最初にやったのは「サランラップ・ダイエット」…。 風呂上がりに腹部や太モモにラップを巻くのだが、ラップの無駄遣いを母に叱られ、長くは続かなかった。 次は「縄飛び20分間ダイエット」に挑戦した。 しかし乙女心で人目を避けて、暗くなった時間にやっていた為、「夜道のひとり縄飛び」は危険で心細く、やはり、続かなかった。 ダイエット関係の本はずいぶん買い集めたが、買っただけでやせたような(?)錯覚と安心感があり、結局実行しなかったというのが私のいつものパターンで、いろんな無駄を重ねた挙げ句、体重計の針は「ジャスト53kg!」の十代だった。 二十代で会社勤めになると帰宅が遅くなり、ついつい弁当・外食等で夕飯を済ましてしまう食習慣から、体重は54kg、55kg、56kgと順調に(?)増え、私はすっかりたくましい女に成長していた。 更にデビューしてからは、深夜放送の出演、徹夜のレコーディング、ライブの打ち上げ、地方でのキャンペーンの夜中までの飲み会、不規則で不摂生な生活になり、デビュー当時25歳56kgから、4年後の29歳では62kgになっていた。 当時の写真やビデオを見ると、クレヨン社は加藤秀樹と天童よしみのユニットかと思う…。 そしてついに私は本気になる! ダイエットを叫び続けて16年目であった。 まずは目標が必要だ! 当時私は13号サイズだったが、大胆にも9号サイズで超ミニのボディコンワンピースを買った(ちなみにジュリアナ全盛期の頃だ)。 買う時、店員さんが大変恐縮しながら、 「お客さま…、ご試着はどうなさいますか…?」 私はドキリとしたが、堂々と、 「贈り物ですから!」 と言ってのけた。 そして帰宅し、コッソリそのボディコンワンピースを着てみる…。 おそるおそる背中のファスナーを上げると…、 ファスナーは閉まらなかった。 着れるはずなどなかったっ! 背中のファスナーを開けっ放しにしてたたずむその姿は「超人ハルク」にも似ていた…。 この日から柳沼由紀枝・29歳、自分との戦いがスタートした。 次号へ続く… (1998年6月10日 発行 新クレヨン社通信 第三号より ) |
||
|
|