50の問答
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ゆきえの部屋  50の問答  温故知新  コレクション

从 ‘ 3‘)
某掲示板で時々登場するらしい柳沼の顔文字です。

50の問答(柳沼編、2003年9月版)


この問答は2003年9月現在の柳沼の本音です。加藤の質問状に受けてたちました。現在は多少本音も変わったと噂されます。いずれ新たなる問答を開設する予定です




01 カラオケの十八番は?

「柔」と言いたいところだが歌唱力不足なので、「六本木心中」

02 親からよく言われた小言は?

「泣くな」「歯をくいしばれ」「男に負けるな」

03 最近ドジを踏んだことは?

先日加藤宅からの帰り、川口のBOOK OFFでクレモンティーヌの中古CDを買った。
聞いてみると、なぜか1曲目に聞き覚えがあり、
「あれ、なんか聞いた事がある曲だな…。リミックスかしらん?」
と思って2曲目を聞いてみると、
「あれ、なんか聞いた事がある曲だな…。気のせいかしらん?」
と、3曲目を聞いてみたら
「あれ?これ先週、池袋パルコのタワーレコードで買ったクレモンティーヌのCDじゃん…」
全く同じCDを2枚買っちまったョ…。

04 思わず買ってしまったムダなものは?

35万円のアメリカ製の掃除機。 その名も「マジョスティック トリプルクラウ○」とかいう、偉そうな名前の大きな掃除機!
すごく電気代がかかって、やたらデカい騒音で、手元スイッチがなくて超不便で、メチャ重くて腰痛の原因になった。
私ってば、ウッカリ悪質商法の口ぐるまに乗ってしまった。
電話では「今なら千円でお布団クリーニングいたします!」という話だったのに、家に来たらなぜか「定期的なお掃除サービス」を勧められ、布団の枚数、畳の数、カーテンの枚数などから見積もりを「月に2〜3万」と出され、さらに「掃除機のリースもでき、自分で掃除すればその方がお安い」の話になって、いつの間にか「本日限り、社員価格で分けて差し上げます」といわれ、「とってもお得」な気分にさせられて、ついポンッと現金で買ってしまった。
その瞬間は魔法にかかったようにソレが気に入り、営業マンが帰ったら直ぐガシガシ掃除機を使いまくってしまい、我に返ったらクーリングオフもできなくなっていた…。
さらにショックだったのは、後日TVで悪質商法の特集があった時、他の被害者(多分私と同じ掃除機)は「28万」で買い、某有名女性タレント(私と同じ誕生日の元アイドル)でも「32万」(だったと記憶してる)で買ったという事!
オイッ!なんで私は「35万」だったんだ? くーっっっ!甘く見やがってぇぇぇっ!悔しくて使う気にもならん!ふんっ! 結局、その後ドンキホーテで軽い掃除機を買い直したりして…。
ムダだった買物のトップは、あのデッカイ掃除機だ!

05 とりあえずぶん殴ってやりたいやつは?

私に35万で掃除機を売った、ぼったくり野郎と悪質商法業者たち!
電車内で、混んでいても座席を詰めない「気が利かない」ヤツらや、足を投げ出して座っている「傲慢な」ヤツら!
高速道路で、車間距離がやたら短い&アオル、左車線からガンガン追い抜く等の「身勝手」ドライバー!
車からゴミを捨てる「どアホッ」!
注意されて逆ギレする「未熟者」!
あまりにも短絡的で利己的で、不条理な犯罪を犯す「救いようのない愚か者っ」!
世の中、お仕置きしたいヤツだらけ!
あまりの数の多さに私一人じゃぶん殴りきれない!
こうなったら松平健様にもう一度「暴れん坊将軍」になっていただき、「セイバイ!」と叫んで、社会のゴミを一掃していただきたい!

06 なんで太ったり、やせたり、太ったりするの?

そういう運命なんだと思う…。

07 朝はパン派かごはん派か?

ごはん、時々、豆乳+ビール酵母

08 コンビニで必ず買うのは?

チョコレート!
ロッテ「カカオの恵み」や、明治「Fran noir」などを買う事が多い。

09 常備しているものは?

カバヤの「ピュアショコラ」272g 入り。
だいたい398円くらいだが、春先にはディスカウントストアーで298円くらいで売ってるのでまとめ買いする。
自宅用の焼き菓子(ブラウニーやカントリー風ケーキ等)を作るなら、「クーベルチュールチョコレート」を買うまでもなく、カバヤの「ピュアショコラ」で十分!
もし不幸にもカバヤの「ピュアショコラ」が手に入らない時は、カバヤの「ゴールドチョコレート」290g入りで妥協する。
ワンランク下の商品で、だいたい298円〜348円で、これも春先にはディスカウントストアーで198円くらいで売ってる。
お菓子づくりに使わずそのまま食べるなら、「ピュアショコラ」の方がおいしい。
でも「ゴールドチョコレート」だって、他社の大袋入りチョコレートの中では一番良いと思うよ!(個人的には)

10 愛読書は?

安東春樹著「下半身から グングンやせる内側重心」
これを今後、常に、私の人生の傍らに置き「痩身のバイブル」としたい。
(置いておくだけか…?実行しないでどうするっっっ?柳沼っ!)

11 コレクションは?
クリスマスの小物
オズボーン・コレクションという、古い絵本の復刻版
アンティーク・ポストカードの復刻版
イヤリング・アクセサリー等(今は集めていないが、捨てられずにいる。)
たまごっち(育児ビデオも撮影した大バカ者っ…。)
Nゲージの電車の模型(インテリアとして集めたので詳しくはないけど、かなり持ってる。)
「タイムスリップグリコ」(全部は集めてない。)
「コカ・コーラ オールディーズ・フィギュア」
北陸製菓の海洋堂フィギュア(「アリスのティーパーティー」「フェアリーテイルズ」など)
フルタ「人形の国のアリス」シリーズ
「(去年2002年の)お宝Qooグッズぜったいあげるよキャンペーン 」
70本も買ったQoo1.5リットル入りが飲みきれるはずなどない事に気付き「Qoo目覚まし時計」と「Qoo貯金箱」の2つだけゲットし、応募シールを5枚残して挫折…。
賞味期限切れのQooが9本も残ったので、今年のQooグッズ応募は断念。
そのかわりこの夏は、「コカ・コーラ オールデイズ・フィギュア」250ミリリットル入りを25本買った。

一部には「このような食玩のせいでリバウンドしたんだろーがっ!」という厳しい非難の声もある…。

12 最近関心あることは?
ロト6

13 好きなキャラクターは?

Qoo、NOVAうさぎ、コジコジに出てくるキャラクター、お菊さんの福助君(お菊さんのHPはリンク参照)

14 好きなグラフィックは?

谷内六郎、レイモン・ペイネ、米倉斉加年、シャガール、棟方志巧、池田あきこ

15 好きだった歌手、アーティストは?

小学生の頃好きだったのは…
フィンガー5、ゴールデンハーフ、ピンキーとキラーズ、山本リンダさん、尾崎紀世彦さん、和田アキ子さん、由紀さおりさん

中学・高校生の頃好きだったのは… 
荒井(松任谷)由実さん、中島みゆきさん

20代の頃好きだったのは…
アントニオ・カルロス・ジョビン、アストラッド・ジルベルト、小野リサさん、ナラ・レオン、ジプシーキングス、アンドレ・ギャニオン

30代以降好きなのは…
アストル・ピアソラ、ギドン・クレーメル、ボーイズ・エア・クワイア、スラヴァ

16 好きなクラシックは?
あまり詳しくはなく、寝る前に聴くくらい。
アレクサンドル・ボロディン作曲、歌劇「イーゴリ公」より「だったん人の踊り」
フォーレ作曲、組曲「ペレアスとメリザンド」より「シシリエンヌ」
バッハ「アヴェマリア」「G線上のアリア」
ストラビンスキー「アヴェマリア」
カッチーニ「アヴェマリア」
シューベルト「アヴェマリア」

17 最近のBGMは?

ヘレン・メリル、ペギー・リー、ジョー・スタッフォード、ドリス・ディ、アーサ・キッド等、50年代の音源のモノ

18 最初に見た映画は?

「ジャングル大帝」4歳(母親談)

19 最初に買ったビデオとDVDは?

ビデオはディズニーの「ダンボ」
DVDは「ほたるの墓」

20 SMAPではだれが好き?
さすがジャニーズ事務所が育てただけあって、どの方も素晴らしいタレントさんに成長されたと思う。
SMAPデビュー前、当時のマネージャーN尾氏に、ジャニーズ事務所の方から楽曲依頼の話を頂いたらしいのだが、私はSMAPの少年たちの成長が予測できず、お断りしてしまった。(あ〜バカ、バカ、バカ、私ったら、もう〜っっ!)
更にSMAPデビュー以降、国民的人気グループになった時、再び、ジャニーズ事務所の方から声をかけていただいたのに、なんとなく「SMAPが売れたから楽曲を提供する」というのに抵抗を感じて、途中まで作りかけた曲をたまたま同時期に依頼のあった某ラジオ局の企画に提供してしまっい、こうして2度目のチャンスも逃してしまったのだった。
こんな大バカ者っ、どこ探してもいないと思う…。
私が最も後悔しているのはこの事っす…。はぁ〜。
柳沼2008年5月のあいさつ・その3より追記
ふと気が向いてクレヨン社のHPを見てみると、なんとっ『君の翼』がさらされているではないですかっ!
加藤もよほどネタがなかったのでしょう…お蔵入りの作品まで公開するとはっ…!
…で、私の「50の問答」をリンクしているのがちょっと気になったのですが〜…。
なんか私がそのラジオ番組に作品を提供したことを後悔しているみたいな印象ですが…それは違います!
確かに作曲してた時点では私はSMAP用にメロディーを作ってましたが、作曲途中で番組からお話をいただいてからは、詞は「その番組のリスナーへのメッセージ」として書きあげたのですっ!
歌を歌うことになっていた番組パーソナリティの女性アナウンサーの声のイメージを念頭におき、また、何度も番組に参加させていただいて慣れ親しんだリスナーたちを思い描きながら作った作品なんです!
その後SMAP用の新しい曲を作らなかったのは私の責任ですから、後悔している部分とは自分自身に対してです!
番組関係者の方には感謝あるのみなのですっ!



21 好きな男性の俳優・タレントは?

今まで男性芸能人の熱烈なファンになった事は殆ど無かったが、20代前後は米倉斉加年さんのファンになった。
米倉斉加年さんは絵師としてもすばらしく、個展に何度か行ってサインをもらったりしていた。
(昔、焼き肉のたれの「ジャン」のCMに出ていたおじさん。)
あと俳優では、NHK「大地の子」の上川隆也さんの演技も良かったと思う。
タレント&その他(?)では、間寛平さん、ホンジャマカの石塚英彦さん、NHKアナウンサーの内多勝康さんがお気に入りで、彼等のラブリーな笑顔を見ると幸せ〜な気分になる。

22 好きな女性の俳優・タレントは?

顔は、岩下志麻さん、大地真央さん、鳳蘭さん、宝生舞さんなどメリハリのある顔が好き!
あんな顔に生まれたかった…体は叶姉妹で…。
NHKアナウンサーの膳場貴子さん、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のキャスター小谷真生子さんにも憧れる!
はぁ〜、あんな顔と頭に生まれたかった…体は叶姉妹で…。

23 好きなスポーツは?

スポーツはあまりよくわからない。
オリンピックの時くらいしか興味がないかも…。
ただ、プロゴルファーの小林浩美さんは県立磐城女子高等学校(今は共学になり学校名が変わったらしい)の1年先輩なので、活躍は嬉しく思う。
ちなみに秋吉久美子さん、イラストレーターの加藤潤子さん(加藤のお姉さん)も、同じ高校の出身

24 OL時代の思い出は?

最初がCI デザインの会社。
東銀座駅徒歩3分の歌舞伎座近くだった為、よく外国人観光客に道を尋ねられ困った困った。
次が日本橋馬喰町の鞄メーカーのデザイナーになったので、近所の問屋街で卸価格で買い物ができ嬉しかった!

その後、芝公園の秀和パークビルに入っていたダイエー「ソフトライン商品本部170デビジョン」という部署で、ティーンズ雑貨のショップ「BestItems For Scanndy Girl」の担当になり、バッグ、帽子、ハンカチ、靴下、アクセサリー等の仕入れのサポートをする「セレクター」という仕事をしていた。
12階のオフィスから浜松町駅方面を見れば、モノレール、電車、飛行機、船…、いろんな乗り物と空と海が見えて、また反対側の窓からは東京タワーが見えて、とても景色が良かった。
ダイエーが球団を買った時期で、会社のイベントで中国へ連れて行ってもらえたり、ダイエーが華々しかった時代に働く事ができて楽しかった。
事情があって不義理をしてしまったが、ダイエーでお世話になった方々には心から感謝している。

25 何座?
7月17日生まれの蟹座。
同じ誕生日は、徳川家光、青島幸男さん、丹波哲郎さん、大竹しのぶさん、田中律子さん、淡路恵子さん、峰岸徹さん、杉山清貴とオメガトライブの杉山さん、イモ欽トリオの長江健次さん等だそうで…。

26 お気に入りの占いは?

時期を占うには六星占術を参考にしているが、デビュー以来、 CD発売日やツアーの日程などは、周囲の諸事情により吉日を選べなかった事が多かった。
しかも、また今回のクレヨン社復活の新アルバム発売もKという男(!)の都合で、悪い時期に出しそう…。
こうなったら開き直って、「悪い時期に出したら、本当に悪いのか?」の検証をする事にした。
「運」への挑戦?!乞うご期待!

27 クレヨン社デビュー当時、一番苦労したことは? 

あの頃は、男女二人組というと必ず「デュオ」と呼ばれてしまい、まだあまり「ユニット」という呼び方が使われていなかった為、「ユニット」という言葉の説明にまず苦労した。
「ユニットっていうのは、役割が違うもの同士の組み合わせで、サウンドプロデュース、プログラミング、演奏が加藤秀樹、作詞作曲ヴォーカルが私…、分かりやすく例えるなら、ユニットバスのユニットで、浴槽が加藤、便器が私、といったところでしょうか…」
なんていうマヌケな説明を、各キャンペーン先の取材のインタビュー、ラジオ出演などで大真面目にしていた…。
今の音楽業界で「ユニット」という言葉が浸透したのは、私の地道な啓蒙活動(?)の賜物だ!

28 相方に一番ムカついたことは?

デビュー前、初夏の蒸し暑い夕方、加藤と歩いている途中、私は飲食店の前のチョット汚い公衆電話で電話をかけた。
その後しばらく歩いていると、頭の上にゴソゴソと違和感を感じた私は
私 「カトちゃん、なんか頭の上に虫かナニかいない?」
加藤「なんにもいねぇよ…」
私 「ヤダッ、ちゃんと見てよ、なんかいるってばっ!」
加藤「なんにもいねぇってば!!」
私 「ヤダッ!ヤダッ!ヤダッ!ナニかいるっつーのっっ!ちゃんと見ろよっっ!」
加藤「いねぇーったら、いねぇんだよっっ!」
と言って私の頭をこづいた。
すると…何かが私の頭頂部から後頭部へ下りて来て、すばやく首から胸元へ這って来た。
私 「ギヤァーーーーーーッ!」
と叫んで急いで振払うと、巨大な黒光りする生物がアスファルトの上に華麗に着地し、いそいそと(?)黄昏の西日暮里に消えていった。
どっから見ても立派なゴキブリだった。
私がショック状態で「ギャァギャァ」言ってるのに、
加藤「今のはカミキリムシだっぺ!いやコオロギだったかな。いやいやメスのクワガタだった!いやいや…(続く)」
今思い出してもムカ!ムカ!ムカッ!

29 相方を見直したことは?

沖縄でのコンサートの時、私の宿泊施設だけ、広く豪華なコテージだった。(加藤はスタッフと大部屋)
ところが夜になり、南国ムードいっぱいの部屋で私はエマニュエル夫人風に優雅にくつろぎながらふと壁に目をやると、爬虫類のオブジェが目にとまった。
「?」と思い、ジッと見ていたら、「!!」動き出したではないか!
慌てて外へ出ると、いるワいるワ…イモリ・ヤモリ・ゴキブリ・蛾…、扉から壁からゾ〜ロゾロ!
「縁の下」が無い建物なので、扉の隙間から入り放題!

「地球のうた」を歌っている手前、秘密にしているが、実は私はゴキブリと蛾が大嫌いだっ!
即刻私は加藤に電話をすると、加藤がダッシュで駆け付けてくれた。
そして爬虫類の皆さん、およびゴキブリの皆さんと格闘してくれたのだが、なにせ天井の高い豪華な部屋だった為、全員天井の上部へ行って動かなくなってしまった。
恐怖にパニクっている私を見るに見兼ねて、加藤は朝まで寝ずに「見張り」をしてくれた。
私と一夜を共に(!?)しながら「指一本触れる事もなく」本当に見上げた男!真のジェントルマン!だと感服した。
30 始めて弾き語りでコピーした曲は?

中島みゆきさんの初期の曲。
たぶん3rdアルバム「ありがとう」の「時は流れて」か、4thアルバム「愛していると云ってくれ」の「海鳴り」。
これらの曲で簡単なコードを覚え、せっかちな性分の私はギターを始めて三日目で「絵のない絵本」を作曲。(当時15歳)

31 ギターで押さえられるコードはいくつ?

ギターによる作曲をやめ、現在は「鼻歌作曲法」になっているので、もうギターのコードなどすっかり忘れた。
(「鼻歌作曲法」については「ゆきえの部屋」参照)

32 鼻歌作曲法の極意は?

メロディーを考えながらゴロゴロ横になり、トランス状態になる事。
(口が裂けても「居眠り」などと言ってはいけないっっっ!)

33 そもそもなんでクレヨン社なの?

「クレヨンにたくさん色があるように、サウンドでいろんな色に彩る…」
ってーのは、インタビューされた時、苦し紛れに考えついた言い訳…。
実は…。
加藤と最初にオーディションに応募したのがリットーミュージック主催「第5回 オリジナルテープコンテスト」。
そのコンテストで「かぎとりぼんのはなし」が奨励賞を受賞したが、まだユニット名はなかった。
ところが受賞者のオムニバスCD「東京新波1988」を出す事になり、我々も早急に何か名前を考えるようにとディレクターから指示があった。
そこで私は、姓名判断でとりあえず吉数の15画になる名前をいくつか(6〜7個くらいだったと思う)考え、それらをディレクターに見せたところ、ディレクターは「クレヨン社」を指さし、
「クレヨン社…、コレでいいんじゃない?」とあっさり一言。
誰も我々が売れるなんて思っていなかったので(当の本人も)、「クレヨン社」というネーミングについて真剣に検討される事もなく、なんとな〜く決まってしまった。

34 クレヨン社って名前で良かったと思う事は?

とりあえず「覚えやすい」って事くらいか…?

35 クレヨン社って名前で悪かったと思う事は?

「社」という字を使った事によって、企業のCM等タイアップが取りずらかったという事。
「なぜ我が社のCMに他の会社(クレヨン社)の名を入れるんだ?紛らわしいじゃないか!!」と何度言われた事か…。

36 ライブのリハーサルはなんであんなに怖いの?

「気が乱れないように集中している」と言いたいところだが、実は…、
「本番前は、喋る余裕がない、笑う余裕がない、遊ぶ余裕がない」がホントのところ。
歌詞もMCを忘れそうで、緊張が極限状態、その挙げ句、神経性大腸炎&吐き気をもよおしながらステージに上がっている為、はた目には「怖い」と見えるようだ。

37 ライブでの失敗は?

ライブでの失敗…「歌詞・ど忘れ」は毎度の事だったが(うぅ…反省)、しかし「歌詞・ど忘れ」どころか、「そんな大事な事を忘れるとは…!」という、ちょっと珍しい失敗が…。

アンコールで再びステージに登場して、舞台下に集まってくれたファンの方から花束やプレゼント等をいただく時、私はしばしば「素になってしまい」ただの「近所のおばちゃん」と化し、
「あら!まぁ!わざわざど〜もすみません〜!いつもいただいちゃって……云々。」
などと、ちょっと立ち話にみたいになってしまう事がよくあった。
場所は忘れたが何処かのホールで、たくさんの贈り物をいただいていた時のこと…。
完全に「素になっていた」私は、花束とプレゼントで両手がいっぱいになると、自分が「ハンドマイク」を持っている事なんてケロッと忘れて、マイクから手を放し「ポロッ」と落としてしまったのだ!!
当然マイクは落下して、砲撃を受けたかのような、ものすごい「ドーン!!」という大爆音を、「エコーたっぷり」にホールに響かせてしまった!!
しかし張本人の私は、残りの贈り物を受け取る事で忙しい、ただの「おばちゃん」だったので、「あら、今のデッカイ音はナニかしら?」と一瞬アタマをよぎっただけで、大慌てのスタッフにマイクを手渡されるまで自分がマイクを落とした事に全然気づかなかった…。
ライブ本番中にマイクを落とすなんてっ…!
あの大爆音でスピーカーがとんだら(壊れたら)マジでヤバかった〜。
今だから正直に言うが、実はあの瞬間、
「マイクを手に持っている事を忘れていた」のではなく、
「ライブ本番中だった事をスッカリ忘れていた(!)」のであった。
嗚呼ぁ…。

38 レコーディングでのつらい思い出は?

まずは、「誰が主導権を握るのか」という男社会的なメンツと駆け引きが、クレヨン社にとって、見えない「足かせ」となっていたこと、だろうねぇ。
特に3rd〜4thアルバムは、レコード会社のディレクターと事務所のマネージャーが、いつも微妙〜ぉに不仲で、加藤と私の悩みのタネだった。
でもNECアベニュー時代は、まだまだ、ま〜だマシで、いろいろあってもやはり楽しかった。
地獄はその先にあったのよっっっ!

5thアルバムはレコーディング9分目終了時点で、事情によりKレコード(殿様レコード)に移籍することになり、そこではFディレクターの意向で「HEARTS」が省かれただけで、5thアルバムはとりあえず発売できた。
次に6thアルバムについてのミーティングが始まると、ディレクターが若手のA田氏に替わったのだが、さあ、ここからが大変だ!
「僕はクレヨン社の歌詞が全く理解できない。まして高校生にはこの歌詞は理解できない。カラオケで高校生が歌わないとヒットしない。槇原敬之君みたいな、日常的テーマの高校生でも解りやすい歌詞にして、サウンドも、もっとPOPなアメリカ西海岸風でいきたい!」
と言われ、唖然…。加藤は失神寸前、固まってしまい使いモノにならないので、ここは私がシッカリせねばっと気を取り直して、
「仮にそういう曲も入れたとして、これまでのクレヨン社カラーの曲は何パーセントくらい残せるか?」と百歩譲って尋ねたら、
「今までのクレヨン社カラーの曲は一切入れたくない。9割、いや全曲!POP路線!売れ線で!」というご要望。
更に、
「ユーミンみたいに、いくつになっても恋愛のテーマを書き続けて、大人になったファンが離れても、それを追わず新しいOLをターゲットに、次々とファンを入れ替えていく方法がいい。大人はあまりCDを買わなくなるんだから、今までのファンの事を考えるより、CDを買う高校生層を狙って、カラオケ受けする曲を作るべき!」
とキッパリ言われてしまった…。
その後、何度かは新曲プレゼンやミーティングを試みたものの、相変わらずA田氏は「POP路線9割以上(!)論」を一歩も引かず、遂に、その頑なさに私がブチキレて、
「POP路線はひとつの方法論としては正しくても、それが唯一無二、絶対である、とは言い切れない!」
と言い返して、決裂してしまった。
だって、「9割以上ディレクター の方向性でなきゃダメ」って、いったい誰のCDよ?(怒)
実績あるベテランに言われるならまだしも、メインでディレクションするのは初めてっていう立場で、「9割以上言う事を聞け」って、アンタいったい何言ってんのーーーっ?ナニ様よっ?(怒怒)
だいたいね、アタシらクレヨン社は槙原君が「第三回AXIAミュージックオーディション」で2次審査を通過した時から知ってて、とっくの昔に彼を高〜く評価してんの!
しかも最終選考会で槙原君がグランプリに選ばれた時には、初代グランプリのクレヨン社加藤秀樹が審査員で彼に「最高得点」を付けてるんだよ!おめぇーなんかに槙原君のコトを言われたかねぇよっっっ!
そもそも大義名分の「ヒットを狙う」ってのも、決裂しちゃったら元も子もないんだから、まったく本末転倒だワ!
結局ただ我を通したかっただけじゃんっ!(怒怒怒)
と思っていたが、後になってよ〜く考えると、原盤制作権を事務所が持つ契約になっているクレヨン社は、レコード会社的には全然オイシクないっていう本音があったから、実はKレコード(殿様レコード)が、敢えてこちらを怒らせて自主的に辞めるようにしむけたのネ…ってカンジかな。
だいたい「POP路線9割以上(!)論を一歩も引かず」ってのもかなり不自然な要求だし。
危機管理が甘い、マヌケな世間知らずだったので、古狸Fのシナリオによる新人俳優A田の三文芝居にまんまとヤラレてしまった。
我々はこの件でいよいよ音楽業界への不信感が高まったね!

もしあの時、自分を偽った作品なんて作ったら、これまで納得して出した1st〜5thアルバムにも傷を付ける事になるし、何より応援してくれた熱心なファンの皆さんや、デビューさせてくれて育ててくれた関係者の皆さんを失望させてしまう。
苦渋の選択ではあったが禁句レコードを辞めることで、「クレヨン社カラーを全部捨て、槙原君の詞をパクった上に、意味も無くアメリカンなサウンド90%以上のフルアルバムを出す」というような、みっともないマネだけはせずに済んだ。
貧乏くじ引いても、その後は苦難の連続でも、大事な物は守り抜いたから本望!

39 キャンペーン先でのうまかったものは?

各地でおいしいものをいただいたけれど、個人的に選べば…。
高知のキャンペーンの時、地元のシンガーソングライターの堀内佳氏が差し入れてくれた土佐巻きというお寿司(カツオのタタキと大葉とニンニクが巻いてあった)。
それと高知でよく連れて行ってもらったタコ焼き屋さんの、ポン酢のような和風ダレで食べたタコ焼きにも一時期かなりハマッた。
それと、高知の駅を背にして6〜7分くらい歩いて行くと、なんとかという川があって、その川の土手に、夜になると屋台が出て、そこのパリパリの薄い皮の餃子がおいしかった。(場所はかなり記憶があいまい、1992年頃か?)
あと、大阪で食べた明石焼、名古屋の手羽先(店の名は忘れてしまった…)

40 キャンペーン先での気に入った店は?

1990年か1991年頃に行った、徳島の「ピノキオ」という小さなバー。昔は美人だった(と思う)ママが、60年代のR&B、ソウルをかけて、不思議な時間が流れていた。パーシー・スレッジの「男が女を愛する時」を聴いたら胸がいっぱいになった。

41 ほろ苦い恋の思い出は?

20代に付き合っていた男が、別れ際、私に言った最後の言葉。
「まさか三行半(みくだりはん)つきつれられるとは思わんかったで…」と言いたかったらしいのだが、
「まさか三こすり半(みこすりはん)つきつれられるとは思わんかったで…」と言われてしまった…。
よりによってこんな時にそんな間違えしやがってっ!…と吹き出しそうになったが、いや、ここでツッコミを入れて笑ったら場が和んでしまうと思い、気付かないふりして、何気な〜く寒々と別れた…。

42 得意料理とその評判は?

カップラーメン  「ふたを開けるタイミングが絶妙!」
キャベツの千切り 「不揃いさがたまらない… 性格のムラが出てるね!」…放っとけ!

43 好きな言葉

「本日限り」「おつとめ品」「在庫処分」

44 現在、困っている事は?

先日、オアシスLX30 IIIというワープロが壊れてしまい、フロッピーが読めなくなった。
特に、ラジオ福島「クレヨン社の課外授業」の景品として作った「ラッキーチャンスをゲットするシール」の解説が入っていたフロッピーもあったので、残念。
リサイクルショップで三千円くらいなら買おうかと探しているが、なかなか見つからない。

45 世の中へ訴えたい事は?

殺虫剤メーカーの、商品企画部「容器デザイン担当」の人に訴えたい!
缶に、リアルでグロテスクなゴキブリのイラストを「原寸大」で描くんじゃねぇよっっっ!(怒)
ゴキブリが出て、とっさに使おうと思った時、殺虫剤の缶を見てまた「ギョッ」として、心臓に悪いんだよっっっ!(怒怒)
ゴキブリのイラストにひるんで、缶が持てずにモタモタしてる間に、本物のゴキブリが逃げちまうっつーの!(怒怒怒)
というわけで、私は殺虫剤の缶に「お気に入りの石塚英彦さん(ホンジャマカ)の雑誌の切り抜き」を貼り付けてラブリーな缶にして、ゴキブリの襲撃に備えている。
しかし今のマンションに引っ越してから一度もゴキブリが出ないので、その缶が殺虫剤だった事をつい忘れ、あやうくヘアースプレーと間違えそうになる…。
私は訴えたい!
殺虫剤の缶のデザインを「怖くないもの・気持ち悪くないもの」に変更してくれ!と…。

46 現在の座右の銘は?

人事を尽くして天命を待つ

47 モットーは?

自分の事は棚にあげる

48 相方に言いたい言葉は?

因果応報

49 クレヨン社でやり残したことと、再起にあたっての今後の目標は?

やり残したことはNHKホールの紅白出場。今後の目標はとりあえずその隣のEgg-manあたりか?

50 クレヨン社やってて良かったことは?

ファンの皆さんから、たくさんのパワーをいただいた。
クレヨン社をやらなければ経験できない喜びだったと思う。