温故知新
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ゆきえの部屋  50の問答  温故知新  コレクション

 世界で一番好きだった



「翼」

プロローグとして加藤が先に作曲・編曲したので、後で歌詞を付けた。
次の曲「口笛とビー玉とヒコーキ雲と」の子供世界につながるような感
じにしたかった。
透明感のあるアレンジなので、魂が浄化されていくように空へいざなう
言葉を繰り返した。

子供たちは陽光の中を泳ぐように走る
やがてその手は翼に変わる…




「口笛とビー玉とヒコーキ雲と」

これも童謡風のサウンドコンセプトで、先に加藤が作曲したので歌詞は
後付け。
この時代、3rdの「子供が消える日」あたりから加藤のイメージ
に「童謡風」というコンセプトが続いていた。

放課後、家にランドセルを置くとすぐに家を飛び出して遊びに行った。
河原、公園、射撃場の跡地、林、新しい団地。
子供世界はいつでも何処でも冒険の匂いがした。

転んで膝を擦りむけば近所のおばさんが手当をしてくれ、
地域の暖かい目が届く長閑な町で私たち子供は精一杯遊んでいた。
かけがえの無い“子供の時間”が流れていた。

…今の子供たちが危険にさらされて思いっきり遊べない事が嘆かわしい。




「手の中の魔法」

嵐が去った後の冴えた月
眠るのが惜しいような美しい夜
銀の魔術的な月光がカーテンの隙間から滑り込む
闇に景色が沈んだぶん感覚は鋭敏になる
まるで星から降る言葉が聞こえるように…

そんな静けさの中で心に描くイメージは
未来の下描きになる
それは明日の扉を開ける鍵になる

NHK「みんなのうた」でオンエア。
放送はクレヨン社のオリジナルだったが、
その後NHKは複製(NHK出版『みんなのうた』のCD・ カセット)や
着メロ等の、いわゆる“2次使用”では
原盤権の関係で他の 歌手が歌った物を使っている。
(原盤使用料を払うよりレコーディングをやり直した方が安いそうで。)




「星など見えぬ街で」

例え傷ついたり苦しんでも
どんなに苦い思い出になっても
恋はした方がいい

触れ合う事もぶつかる事もないままの孤独より
愛ゆえの孤独がいい

どうしようもなく格好の悪いことや
記憶から消してしまいたい愚かなことでも
恋愛から得るものは多い

人を愛する事でしか学べないものはある




「さよならボーイフレンド」

19歳の頃つきあっていた恋人が、
私が帰省する時に駅で見送ってくれた。
もちろんその時は未来もずっと一緒だと思っていた。
十代終わりから二十代前半の一番華やいだ季節…
その人はいつも私のそばにいた。

数年後、私の身勝手な理由で別れてしまったが、
後になってから、駅で見送ってくれたあの場面を振り返って作った歌。

…思い出の中では
私たちは悲しいくらいに幸せだった…




「ジョージ」

この曲の下地になったエピソード。

高校1年生の秋、私は恋をしていた。
数ヶ月は会っていたが、翌年春その人は就職で関東の他県へ行ってしまった。

時は過ぎ…。
高校3年の夏休み、私は進学の下見の為に上京した。
山手線内回りが某駅に停車し、車窓の景色を何気なく見ると、
ホームで反対方面への電車を待っている彼が一人佇む姿が目に映った。

運命は時に悪戯だ。
他県に行ったはずの彼と偶然上京しただけの私が、
こんなに大きな駅のこんなに大勢の人が溢れる駅で再会するなんて…。
夢でしか会えなくなったその人は少しも変わっていなかった…。

できるならばもう一度会いたいと密かに願っていたのに、
…私はその電車を降りなかった。
私たちはもう別の道を歩いている…。

動く電車の窓から彼を見送って、その姿が視界から消えた時、
私は心の中でそっとピリオドを打った。


…お別れの時にもらった写真はどこで無くしてしまったんだろう…。




「レモネード」

夏の真昼の苦しいような熱風
光が
青空が
雲が
ボサノヴァの旋律になる

八月の灼けた肌には
恋人の接吻のような甘くクールな音楽が心地よい


〜歌詞の中の「コルフィシェ」はファッション用語で、
“スカーフのように大きな衿”





「おもちゃ箱の秘密」


子供の頃の目の高さに隠れているもの
……
壁の落書きに
柱のキズに
古いレコードに
トランプに
すり硝子の窓枠のホコリに
色褪せたカーテンに
鏡の向うの世界に
…子供部屋の記憶

アルバムの中の家族写真では
当たり前のように皆が笑っている
優しさに包まれたあの日々のままで…



歌詞の中の「青い金色雀(カナリア)」は、
幼い頃によく母が歌ってくれた歌、
「青いカナリヤ」に因んだもの。
(歌/ダイナ・ショア 日本語版は雪村いづみさん)





「ノラ」

3rdアルバムの中の『悲しみを吹き飛ばして』も同じテーマだが
歌詞がやや観念的だったのでもう少し歌詞をストレートにして作った作品。

タイトルの元になった猫は90年前後?に加藤宅へ現れるようになったノラ猫。
加藤秀樹エッセイ「美食なノラ」「続・美食なノラ」の写真どおりタキシード模様の猫。
敢えてユニークな顔の写真を使っているが本当はもっとハンサム(?)な猫。
私が打ち合わせで訪問した時にもその猫が姿を見せてくれ、
その時ちょうど加藤が私にお茶を進めてくれたので、勝手に私が“お茶吉”と名付けた。

今思えば、あの猫がやって来たのは必然だと思う。
当時加藤は慣れないキャンペーンやライブ、人間関係でかなりストレス
を感じていた時期で、どれだけお茶吉に癒されたことか…。
ぶらりと窓から加藤の部屋へやって来て、しばし加藤の心に寄り添い、
また風のように去ってゆく。
何も語らずとも、加藤を励ましてゆくように私には思えた。

この曲はストレートな応援ソングなのでお茶吉にちなんで「ノラ」とい
うタイトルにした。





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