温故知新
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ゆきえの部屋  50の問答  温故知新  コレクション

 いつも心に太陽を
  
   夏の最終日
   金色の光をジャムの空き瓶に詰めた…

   寒さに強い秋蒔きの種を蒔こう!

   ミルクをこぼしたような冬の空
   まるで…袖も通せなくなったセーターの色

   やがて
   大地のパレットに春の絵の具が咲くから
   寂しい季節も
   厳しい季節も
   “いつも心に太陽を…”って口ずさんでゆこう!

〜歌詞カードに添えた4編の短い詩〜


「夕映えのグラウンド」

放課後
サッカー部の少年はボールを蹴り
陸上部の少年はスタートダッシュを繰り返し
野球部の少年は円陣を組み気合いを入れ
乾いたグラウンドに散らばった…

彼らの背中を風が押す…

私は校庭を振り返る
遠く校舎の窓はオレンジの色硝子に染まり
夕焼けを背景に…少年たちのシルエットは輝いていた

思い出の中の永遠の少年たちよ




「いつも心に太陽を」

タイトルの「いつも心に太陽を」は、1968年公開の映画(監督
ジェームズ・クラベル、出演シドニー・ポアチエ他)と同じだが、私の
作品のベースになったのは、小学生の頃に家の本棚にあった山本有三の
「心に太陽を持て」という古い本。
表紙も色あせてホコリ臭い本だったけど、くじけそうな時、不安な時、
希望を失いかけた時、その言葉はいつも私に力を与えてくれた。
そういうテーマを自分なりに書いてみたいと思って作った曲。

境遇や人生を嘆きながら迷路を彷徨う時
自分の命の価値も意味も考えられない時
生まれてきた事さえ後悔する時
そんな時は
心の奥にしまいこんで忘れていた大事なものを探そう
“温かい記憶”や“感動”が魂に力を与えてくれる

例えば赤ん坊の時に誰かに抱いてもらっている写真
それが母でも、父でも、例え他人の誰かでも
そこに愛はある
大切に扱わなければ脆く壊れてしまう命を腕に抱く時
生命の神秘に畏れながら、感動しながら、慈しみながら
花束のように丁寧にそっと抱える
小さな命は、誰かの手をかけてもらわなければ育っていく事ができない
だから今生きているという事が
誰かの愛や親切を受けてきたという証明

ただ難しいのは、
虐待された子や人生の歪みに迷った子供たち
悪い子だから叱られるのだと自分を憎む悲しい子
家族の不協和音に傷つく子
複雑な家庭環境に戸惑う子
拠り所を失った寂しい子
小さな胸のその痛みは計り知れない

ただ願うのは
たくましい生命力の知恵で
自らの心の奥に太陽の光を招き入れてほしい

生まれてきたという事は
今日まで生きているという事は
幼子だった自分が“誰かの手を借りながら生きてきた”と考える知恵
それはささやかな親切でも“自分に向けられた愛”だと考える知恵
もし不完全な親の元に生まれたなら、
親は自分をこの世に送り出す事が役目だったのだと考える知恵
そして、つらい時こそ、
「いつも心に太陽を…」とつぶやいて…。




「ノクターン」

夏も終わりの頃
月はほぼ満月に近い形
思ったより明るい夜空を
雲が風に飛ばされてゆく
   どんな演出より 華麗でロマンティックな
   「夜空劇場・風と雲のオペラ」
そんな夜にはあれこれと思いをめぐらせて…

…いつしか
まわりの空気のように心が澄んだ頃
素直な答えを見つけたりするのです




「自鳴琴 〜オルゴオル〜」

オルゴオルの音色の優しさは
子供の日に聞いた昔話に似ている
そっと蓋をあける時
記憶の中の行きたい時間へと一瞬にトリップする

私にとってオルゴオルは
小さなタイムマシンだ




「悲しみを吹き飛ばして」

心の中に在る全てのもの
良い所も悪い所もみんな外へ引っ張り出して
陽の光に当ててみる

恐れも
悲しみも
怒りも
憎しみも

重ねた嘘や
虚栄心や
微かな罪悪感も

陰になっていた願いさえも全て吐き出して
ありのままの自分を見つめてみる

胸に手を当てて「心の声」を聞く

胸につかえていたモノ
心に刺さっていたトゲ
それが何なのかを観る

目をそらさず
弱さや過ちも認めた時
重い心は解き放たれる

心に壁を作っていたのも
心を縛っていたのも“自分”

他の誰からでもなく“自分自身から”自由になること

……深く息を吐き出せば
新鮮な空気がたくさん吸い込めるように
偽らない心を吐き出したなら新しい風が吹いてくる

まっすぐな風が心の曇りを飛ばしてゆく




「ラムネの詩」

加藤秀樹が作曲したので後から歌詞を作った作品。
メロディーとサウンドがレトロ系なので、大正ロマン的なイメージで書いてみた。
「子供之友」「赤い鳥」「コドモノクニ」等の童話誌や絵雑誌が創刊されたその時代は、
今のように快適で便利な時代ではなかったけれど、
日々の暮らしに夢を持ち、四季に凛としたリズムがあり、
子供たちは手作りの喜びを知っていた。
そんな優しい時代を懐かしむように書いた曲。
「ラムネの詩」は5つのブロックから成る歌詞で、その頭の文字が、
「ラムネの」「リラの木」「ルピナス」「レモンの」「ロシアの」
というように「ラ・リ・ル・レ・ロ」となる言葉遊び。

   日差しをすくうように左右の手のひらを少し丸めて
   その両手をそっと合わせればレモンの形に似ている

そんな想像力を膨らませるような言葉を紡ぎたかった。




「子供が消える日」

この作品は最初に加藤から、
「怖い童謡を作りたい。」
という希望があり、サウンドのコンセプトが先にあった。
最初は私が乗り気では無かったのだが当時親交の会った北川恵子さんからも勧められた事もあり、
「それならやってみようかな…。」
という気になって作った作品。
その後まもなく、明け方、夢うつつの中で歌詞とメロディが同時に出来た不思議な曲。
そういういきさつだったので、自分で作った作品であっても、
“見えない誰かに作らされた曲”
という感覚があり、作詞も作曲も連名にした。




「風の時代」

上京して一人暮らしになった19歳の頃。
親元を離れ、時間も行動も自分の自由になるという開放感。
友人が泊まりに来たり泊まりに行ったり、ある時は繁華街で夜を明かしたり…。
徹夜で語りあってもまだ足りなくて…よくあんなに喋る事があったものだと呆れてしまう。

あの頃話した未来予想図どおりにはいかなかったけど、
何度も人生の下書きを修正しながら、みんな自分の道を歩いて行った。

懐かしい日々を振り返る時、思い出の中にも風が吹く。
瞬く間に私たちの人生を駆け抜けていった…風の時代…




「東京夜景」

地方から出て来た友人たちは
ひとりふたりと郷里へ帰って行った
それぞれの思い出をそっと胸にしまって…

私は故郷へは戻らなかったけど
やはり数年つき合っていた恋人と別れた

選べなかったわけは
気づかぬ間に自分についた嘘

愚かな選択だったと悟った頃には
私はもう戻れない場所にいた

一番大切な事から目を背けた罪の上に
時間だけが音もなく積もっていった







アルバム発売後に出版された楽譜に書いたコメントの2006年修正版

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