エッセイ
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花見弁当

筑前煮

 もうすぐ花見の季節がやって来る。
 もうずいぶん前から、我が家で主催する花見が毎年続いている。
 こんなふうに花見が毎年恒例となったきっかけはライブの打ち上げだった。
 ステージが終わった後、仲間と飲み交わす酒は格別である。にもかかわらずライブが終わるのは九時を過ぎ、会場を後にするのはいつも十時を回る。乾杯をしたらもう終電が迫ってくるし、楽器が大きくてクルマで来るメンバーたちは乾杯さえウーロン茶で我慢である。
 僕は、いつもこんな中途半端な打ち上げに業を煮やして「後日打ち上げ」論を提唱した。とりあえず日を改めてゆっくり飲もうぜ、ということである。
 これにはメンバー全員大賛成だった。まずはそれぞれ酒やつまみを持参して我が家へ集まることにした。
 ところが、集まるメンバーは独身男がほとんどだったため、彼らの持ってくるものといえば、牛丼弁当やタコ焼きはまだいい方で、駅の売店の乾き物や、コンビニのお菓子なんかを持って来るやつもいた。かくいう僕も用意したのはスーパーのパック寿司だった。
 こんな貧相なつまみのせいだろうか、第一回の「後日打ち上げ」パーティーはたいした盛り上がりもせずにお開きとなった。
 メンバーらのつまみのセンスの無さに懲りた僕は、第二回の「後日打ち上げ」では料理をしてみることにした。
 メンバーが集まり、前日こしらえておいた筑前煮を大鍋ごとテーブルに出すと、みんなから「おおっ!」という歓声が沸き起こり、大量の筑前煮はあっという間になくなった。
 その日の筑前煮には若者向けにごま油をたっぷり使い。鶏肉の他にも豚の角煮と厚切りベーコンを放り込むという、かなりの反則料理だったが、やはり料理を喜んでもらうのはうれしいものである。
 
 哀愁のイタリアン

 気を良くした僕はその後の「後日打ち上げ」からは、ニジマスの燻製やら手作りハムなど、メンバーらがありがたがり、なおかつ喜びそうな料理を出品することにした。
 予想通り、彼らは大いにウケてくれて僕の料理の評判もうなぎ昇りだった。
 噂を聞きつけたメンバーの知り合いや、スタッフまでもが「後日打ち上げ」に参加を希望するようになり、女性参加者も増え、打ち上げはいっそう華やかになっていった。
 そんなわけで、ついに僕は「後日打ち上げ」を会費制にして一切のパーティー料理を仕切ることにした。
 ときには「哀愁のイタリアン」「中華三昧な夕べ」などとタイトルをつけて、シェフ気取りでフルコースをみんなに食わせては大いばりしていた。
 毎度ライブが終わるたび、そんな「後日打ち上げ」をしばらく続けていたのだが、突然、事務所の都合でライブ活動はしばらく休止(この休止は現在も続いている。)せざるを得なくなってしまった。
 ファンはもちろんメンバーやスタッフはライブ活動中止を惜しんではくれたが、それより「後日打ち上げ」がなくなってしまうことの方に不満の声が多かったのには、腹が立つやらうれしいやら、複雑な心境だった。
 でも、またのライブ活動再開のためにメンバー、スタッフの親睦は深めておこう、ということになって、ライブがなくてもときどき「後日打ち上げ」のような宴会を我が家で催すようになった。
 それが恒例となって今でも続いてるのが、我が家主催の花見というわけなのである。

 花見弁当 

 毎年恒例の花見は事前に参加者の役割分担から始める。
 まず、連絡会計担当の幹事は毎年持ち回りで決まっており、その幹事が、花見弁当をつくる料理班、飲み物を調達する買出し班、宴会場を確保する陣取り班のメンバーを勝手に決める。
 役割のない人はゲストと呼ばれ、宴会で一芸を披露するか、酒を寄贈することになっている。
 僕はもちろん常に料理班の班長で、僕の手伝いをする助手は女子のみと決めている。まさに主催者の特権である。
 もし、陣取り合戦に敗れた場合や、雨に降られた場合は、花見会場の公園が僕のマンションに隣接してるので、我が家でひしめき合うことになっているが、幸いまだ雨に降られたことはない。

 去年の花見も好天に恵まれた。去年は今までのバイキングスタイルとは趣向を変えて、大いに気合を入れることにした。なんと朱塗りの花見用弁当箱を二十箱購入してしまったのである。
 僕はいつもよりだいぶ早起きして料理にとりかかった。
 あらかた料理ができあがったころ、料理班の女性陣が賑やかに我が家にやって来きた。これだけでもう僕は宴会気分である。
 そんな女性陣を前に、僕は盛り付けのうんちくをたれながら、ひとつ弁当を詰める。
 それを見本に助手たちがせっせと全部の弁当に料理を詰めていく。僕はときどき偉そうにダメ出しするのだが、助手たちは素直に応じてくれる。僕は班長ならぬ料亭の料理長になった気分で実に気持ちがいい。
 
 後日打ち上げ

 そんなふうにして出来上がった花見弁当を料理班のみんなで抱えて、花見会場へと向かった。
 そこで他の参加者と合流し、めでたく開演となる運びなのだが、去年はここでひと波乱起きてしまった。
「あんたたち、何やってんのよ!」
 会場に着いたとたん一斉に怒鳴ったのは、今まで素直に僕の助手を務めてくれた女性陣だった。
「だってさ〜もう二時間も待ってるんだぜ〜」
 陣取り班のメンバーに飲んべえの男二人を選んでしまったのが間違いだった。もうすでにろれつがおかしい。
「それに何でこんな陽のあたるところなの!日焼けしちゃうじゃない!女の子のことも考えなさいよ!」
 酔っ払い二人組は、女性陣に散々文句を言われながらシート張替えを命じられた。
 幸い木陰のいいポイントが見つかって、いよいよ宴会が始まったが、女性陣の怒りは収まらない。
「あら、まだ飲むの?」とか「役立たずの男ってやーね」とか、酔っ払い二人組みは嫌味の言われ放題だった。
 さらによせばいいのに、そのうちの一人が「花見のときって女はスカートに限るな」など問題発言をすもんだから、その日の彼は、女性陣からほとんど無視、放置状態にされた。
 
 やがてあたりが暗くなり、お開きということになったが、誰一人として帰るものはおらず、全員が二次会の会場である我が家へと押しかけてきた。
 こうしてみんな夜遅くまで盛り上がるわけだが、終電近くになるとさすがにぽつりぽつりと帰りだす。
 帰り際みんな僕に「また来年ね」と言ってくれる。だけどライブの元メンバーのひとりから「来年は後日打ち上げで」と言われて言葉が詰まった。
 いつの間にか僕はこの花見の主旨を忘れていた。

 もうすぐ花見の季節がやってくる。たぶん今年も楽しい花見になるだろう。
 でも、来年こそは、来年こそは、「後日打ち上げ」の花見にしたいと心から思うのである。
 

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