エッセイ
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我が青春の牛丼

東北新幹線

十年ほど前のことだが、ふらりと牛丼を食いに出かけたのに、そのまま仙台まで行ってしまったことがある。
その日は、昼過ぎに小腹がすいたので、いつものように財布だけを持って近所のY家へと出かけた。
カウンターに座り、特盛りを注文して待っていると、隣の席の会話が聞こえてきた。
「明日の木曜日に・・・」
 その言葉に僕はギョッとした。そしてまさかとは思ったけど、恐る恐る尋ねてみた。
「あのう、今日火曜日ですよね」
「え?水曜日だよ」
 隣のおじさんはキョトンとした顔で答えた。そして「ホラ」と言って今日のスポーツ新聞の日付を見せてくれた。確かに水曜日だった。
 念のため財布に入れておいた新幹線のチケットを確認してみた。間違いなく今日のチケットだった。しかも発車まであと20分!
 僕は頭をぶん殴られたようなショックを受けた。そして運ばれてきた特盛りには箸もつけず、金を払うと、脱兎のごとくY家を飛び出し、西日暮里駅まで猛然とダッシュした。
 そのころ僕は、FM仙台で週1回のレギュラー番組を担当していた。月に1度、4週分の収録に通っており、その日がまさに収録日だったのである。スタジオもスタッフもスタンバイしているのだ。絶対遅れるわけにはいかなかった。
 山手線に飛び乗り、上野駅構内をひた走り、やっと東北新幹線のホームにたどり着いたときは発車のベルが鳴り響いていた。それでも何とか乗り込むことができて、ホッとしたのもつかの間、僕は愕然とした。我に返ったのである。
 汚いサンダル履きに破れたジーンズによれよれのTシャツ。おまけに新幹線の指定で仙台まで行くのに手荷物ひとつ持ってないのだ。さらに真夏に猛ダッシュしたため、Tシャツは汗でビチョビチョだった。
 とりあえず、デッキで汗を乾かし、洗面所で顔を洗い、何食わぬ顔して席に座ったのだが、周囲は相当怪しんだに違いない。
 それを証拠に切符を確認に来た車掌は僕と切符を見比べながら「え〜と、どちらまでですか?」と聞いてきた。ちゃんと仙台と書いてあるのにだ。
 局に着いてからも、みんなから驚かれ、大笑いされたことは言うまでもない。
 こんなひどい目にあったにもかかわらず、その日ずっと頭から離れなかったのは食いそこねたY家の特盛りだった。
 収録が終わると、僕を気の毒がったスタッフから、牛丼の代わりに仙台名物の牛タン屋に行こうと誘われたが、忙しいとか何とか言って断ってしまった。
 実は一刻も早くY家の牛丼を食いたかったからである。局を出ると、僕は一人でこっそり仙台駅前のY家で牛丼特盛りをゆっくり味わい、家路についた。
 
 土佐のいごっそう

というわけで、僕にとって牛丼といえばY家と決まっているのだが、牛丼を食うならM屋以外にあり得ないと言い張る輩もいる。
高知放送のNディレクターはバリバリの体育会系で、土佐のいごっそうそのものである。しかも「健康のためなら死んでもいい」ぐらいの勢いで、健康という2文字を愛する男だった。
高知で生まれ育った彼は4年間の学生生活を東京で過ごしたが、その学生生活のすべてはバドミントンとM屋だったと振り返る。
スポーツで汗を流し、M屋の牛飯をもしゃもしゃとかき込み、生野菜をバリバリと食うことが、健康の証であり、毎日の幸せの瞬間だったという。
 そんなふうに熱く語る彼の話に、Y家フリークの僕はついつい水を差してしまった。
「いやあ、でもオレはY家の方がいいな、」
 その一言が、僕と彼との果てしない牛丼論争に火をつけることとなった。
 その後、ラジオ収録で高知を訪れるたび、僕と彼は必ず「牛丼どっちがうまい論争」で話が盛り上がってしまうのだった。
 特に収録が終わり、打ち上げと称して酒を飲み始めると、お互い一歩も譲らず、実にくだらない話を延々と戦わせるのだ。
「やっぱりY家だよ、もう100年近く牛丼作ってんだよ、歴史と実績が違うもの」
「違うね、M屋だね、なんたって肉と来たら野菜なんだよ、健康こそが、うまさの秘訣だ」
 と、初めのうちはこの程度だが、酔いも回ってくると、しだいに相手のひいきの店の、ののしり合いに変わってくる。
「M屋の食券笑っちまーべ!学食やら立ぢ食いそば屋でねえべっつってんだよ!それに何だぁ?牛丼屋なのにカレーだっちよ!しかもカレーに牛肉乗っけでカレギュウ?笑っちまー!」
と、僕にいわき弁が出始めると相当支離滅裂である。
「いいか!Y家は味噌汁つけてくれんがやき!汁物一緒に飲まなきゃ体に悪いやか!しかもY家の看板のオレンジ色はなんなが?昼間っからたそがれてるがやないぞ!M屋の黄色見てみーや!健康そのがやき!」
と、Nも負けじと土佐弁丸出しで反撃してくる。
「結局二人とも、自分の青春はうまかったって言いたいだけちゃうのん?」
 一緒に飲んでた大阪のプロモーターT氏が見るに見かねて口を挟む。
 彼のあまりに的を射たナイスな突っ込みに僕らは言葉を失った。

 新Y家風牛丼

 アメリカのBSE問題で牛丼が食えなくなって久しい。
 Y家もМ屋も豚丼に切り替えて営業を続けていて、それなりにうまいのだが、やはり無性に牛丼が恋しくなる。
 その度ごとに「よ〜し!牛丼作ろう!」と思い立つのだが、いつも二の足を踏んでいる。
 当然のことながら、牛丼好きな僕は、ずいぶん昔から長いこと「Y家風牛丼」をこしらえるために色々と挑戦してきたが、近い味にはなるものの、あの独特の風味はなかなか再現できないのである。
 そんなわけで、ここのところはずっと、すき焼きの残りを飯にかけて食う「すき煮丼」でがまんしてきた。
 しかし、背に腹は代えられない。これだけ牛丼から遠ざかると、僕の青春も遠ざかってしまいそうだ。久しぶりに「Y家風牛丼」作りに挑戦してみることにした。
 僕に限らずY家の牛丼好きはどこにでもいるもので、インターネットで検索してみると「Y家風牛丼」の再現のため独自のレシピを研究し、公開している人も多い。
 だけど、皆一様に口を揃えるのは「あのツユの風味には近づけない」「大量に作らないとあのコクが出ない」など、僕の抱える問題と一緒である。
 そこで今回はこの問題を解決すべく、インターネットでの意見も取り入れ、改良に改良を重ねた「新Y家風牛丼」のレシピを発表するることにしよう。
 ポイントは、食うための牛肉を煮込む前に、捨て肉でダシをとることである。
 捨て肉に牛スジ肉を使うとか、数人前一緒に作るとかすれば、そんなにもったいない話しではない。
 なにせ、今はY家もМ屋も牛丼は食えないのだから。

 さて、高知放送のNディレクターは3年ほど前に転勤となり、今は東京支社で働いている。転勤してから半年ほど経ったころ、ハガキが届いた。
「実はあまり言いたくなかったけど、会社の近所にY家しかないので、しかたなしにY家の牛丼食べてたら、今はすっかりY家にはまってしまった」
 それを受けての僕の返事は、
「オレもあまり言いたくなかったけど、引越してからY家が遠くなっちゃって、今は駅前のM屋にばかり行ってる」
 
 青春の味とは実に曖昧なものだ。

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