エッセイ
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夜明け前のミュージシャンたち

 
 フリーター仲間

今、巷にあふれるフリーターと称する若者たちの中には、ミュージシャンを目指すものも少なくない。
彼らはアルバイトを転々としながらも、いつか叶う夢を信じ、音楽活動を続けている。
 昔はフリーターという言葉はなかったが、かつては僕もミュージシャンを目指し、バイトを転々とする元祖フリーターのひとりだった。
 そんなアルバイト生活の中で、一番長く続いたのは、ミュージックテープ編集の仕事である。
 当時はカラオケ全盛時代だったので、業務用や家庭用のカラオケテープが飛ぶように売れていた。そのマスターテープの音を調整し、編集するのが、僕の主な仕事だった。
 やはり音楽関係の仕事なので、その会社には、僕同様にミュージシャン志望の若者がたくさん集まっていた。
 僕はその会社で、同じ年のHという男と二人チームを組んで仕事をしていたが、彼もまたプロを目指すベーシストだった。
でも彼はセミプロのようなもので、ときどき有名ミュージシャンからサポートの依頼が来るほど腕は確かで、センスも抜群だった。
 そんなふうに声がかかると、気軽に仕事を休んでしまう迷惑なヤツだったが、それは僕も同じだった。
お互い様ということで、同じ夢を追うものどうし、なんとか折り合いをつけながら仕事を続けていた。

 ソーセージ少年

そんなHといつものように、仕事場で音楽編集をしていたときの出来事である。
「この色見ると腹減っちゃうんだよなぁ・・・」
編集でカットした30センチほどの録音テープの切れ端をまじまじと見つめながら、Hがひとりごとりごとのようにつぶやいた。
「なんで?」
僕には録音テープを見ると腹が減る発想が思いつかなかった。
「だって、この色ってオレの好きなソーセージの色そっくりなんだ」
Hはしまった!聞かれた!みたいな照れ笑いをしながらそう答えた。
 当時はデジタルが普及しておらず、マスターテープといえども、アナログのオープンリールを使っていた。そのテープは酸化鉄(鉄のサビ)を蒸着させてあるため、淡い赤茶色をしている。
 その色が、そのころ新発売されたシャウエッセンというソーセージの色にそっくりなのだという。
 
その話をきっかけに、Hがどれほどのソーセージ好きかを聞かされた。
 幼いころから地球の表面がソーセージだったらどんなにいいだろうと夢見る少年だったという。
大地に倒れこみながらソーセージをかじったり、シャベルで掘り起こしながら食らいつく空想をしては、生唾を飲み込んでいたのだという。
 しかし、少年時代はソーセージなら何でも良かったHの味覚も、徐々に舌が肥えてきたらしい。
最近は市販のソーセージでは満足できず、手作りの店から取り寄せたり、ミンチ用の機械まで買って、自分でこしらえたりしているそうだ。
  そんななかで、シャウエッセンは市販にもかかわらず、本格的なドイツソーセージだと彼はウンチクをたれる。
 肉の挽き加減も背脂の混ざり具合も絶妙で、なんといっても、燻製で仕上げたあの香りと色がたまらないのだそうだ。
 その色がオープンリールテープの淡い赤茶色そのものだったのである。

 ボイルソーセージ

 彼は月に一度の贅沢として給料日には行きつけのドイツ料理の店にソーセージをたらふく食いに出かけるのだそうだ。
 彼の話に興味を持った僕は次の給料日に、さっそくその店に連れて行ってもらうことにした。
恵比寿駅からずいぶん歩いた彼のアパートの近くにその店はあったが、 ドイツ料理店というよりは小さな洋風居酒屋という感じだった。
店に入ると彼はビールも頼まず、ボイルソーセージセットとサワークラウト(ドイツ風キャベツの漬物)大盛りを注文した。彼に言わせれば、最初にビールを飲むのは邪道だというのだ。
僕も仕方なくビールは頼まずに彼と同じものを注文した。
出てきた料理は、ゆでたてで、湯気が立ち昇る大小7〜8本のボイルソーセージと、どんぶりにこんもりと盛られたサワークラウトであった。
「さあ、食うぞ!」と気合を入れて食い始めた彼の食い方は今でも忘れられない。
 まず、熱々のソーセージを手づかみで勢いよくバリッ!とかじる。その音がびっくりするほど大きくてうまそうなのである。そして間髪入れずどんぶりのサワークラウトを、まるでお茶漬けでも食うように、フォークでワシャワシャとかきこむ。そしてまた手づかみでバリッ!また間髪入れずワシャワシャ・・・を繰り返すのである。
僕はしばらくあっけにとられて見ていたが「おい、そんなに急いで食わなくたって・・・」と言いかけると、「バカ!ソーセージが冷めて風味が飛ぶだろ!お前も早く食え!」と口の中を一杯にしたまま怒鳴られた。
結局Hは3分もしないうちにすべてをたいらげると、満足そうに「ビール!」と叫んだ。
ビールが出てくると今度はグリルソーセージセットを注文した。
「焼いたソーセージは、ビールと一緒にゆっくり食うんだ」
 Hに言わせればゆでたてのソーセージは冷めるとまずいが、焼くと少々風味は落ちるけど、うまさは変わらないという。
 そしてグリルソーセージが運ばれてくると、Hはさっきの食い方とは打って変わって、フォークにソーセージを刺してポリポリと上品に食い始めた。実に幸せそうだった。

 いいの作ろうぜ!

 僕も、もともとソーセージ好きではあったが、Hの影響でますます好きになった。
 彼のアパートに出かけてはソーセージ作りを手伝い、出来上がったソーセージをしゃぶしゃぶにして二人で味わった。
 彼の開発したしゃぶしゃぶソーセージは常にゆでたてが食えるという、ソーセージにとっては最高の調理方である。
 僕らはソーセージだけをつまみに酒を飲み、よく朝まで夢を語り合った。白熱してケンカになったこともある。
その頃の二人は、仕事もプライベートもいつも一緒だったような気がする。
 夜中にふたりで会社のスタジオに忍び込んで、自分たちのデモテープ作りをした時期もあった。それが社長にバレて大目玉をくらったこともあった。
 僕らの合言葉は「いいの作ろうぜ!」だった。もちろんそれぞれの音楽のことである。

そんなHと過ごした時期も、そう長くは続かなかった。Hは実家のやむなき事情で家業を手伝いに、博多へ帰ることになってしまったからである。
「でも絶対ベースは続けるからよ!」と気丈に語るHの言葉が、僕にはちょっと寂しく聞こえた。
 Hが博多へ帰る日、僕は東京駅へ見送りに行った。
博多行きのひかりを待つHに、僕は大袋入りのシャウエッセンをプレゼントした。
「バカヤロー!冷てえじゃねえか!どこでしゃぶしゃぶすりゃいいんだよ!」
 Hの最後の憎まれ口は、いつもより生彩を欠いていた。
その後しばらくHとは、電話で連絡を取り合ったが、それぞれの忙しさにかまけて、すっかり疎遠になってしまった。

それから数年後、僕は音楽を仕事とすることができるようになった。
僕らのユニットが、福岡でのコンサートが決まったとき、Hにも観てほしくて連絡をとってみたが、移転したらしく、電話が通じなかった。
でもあれだけの腕のベーシストである。いつかきっと仕事の現場で会えると信じている。
もちろん打ち上げはソーセージである。

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