エッセイ
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食い損ねてみるのも悪くない


MAスタジオ

音楽スタジオにはレコーディングスタジオの他にMA(Multi Audio)と呼ばれるスタジオがある。
このスタジオは編集済みの映像に音を重ねるときに使うスタジオである。
そのためMAスタジオにミュージシャンが集って音楽を録音することはめったになく、完成した音源を作曲家(僕)が持ち込み、オペレーターと二人で、チマチマと映像に音を合わせていく作業が続く。
こんなふうにMA作業は少人数の孤独な作業のはずなのだが、なぜかMAスタジオはいつもにぎやかである。
それは、MAが映像制作において最終作業なので、プロジェクトにかかわったスタッフが仕上がりをチェックしに大勢押し寄せてくるからである。
演出はもちろん、撮影や編集スタッフは大抵やってくる。時には照明や出演者、たまに何の関係があるのか、ヘアメイクや衣装まで来ることもある。
だが、仕上がりをチェックというのは、ほとんど名目で、スタッフと親睦を図り、クライアントや代理店に顔を売り、次の仕事につなげる営業の場というのが暗黙の了解だ。
実際、僕が作業している後ろでは、必ず名刺交換会が開かれている。こっちは音を聞いているというのに、大声で挨拶を交し合ったりして迷惑な話である。

先月都内のスタジオで、旅番組のMA作業があった。
この日は午前スタートにもかかわらず、いつにもまして大勢のスタッフがスタジオに押しかけてきた。
いつものことではあるが、最後に作業に参加する僕は、集ったスタッフとは、ほとんど初対面である。他のみんなは顔見知りで、和気藹々としているのに僕にだけはよそよそしい。
最近は慣れてきたので「今日の主役はオレだ!」と自分に言い聞かせて、仕事用の余裕の表情を欠かさぬようにしている。
このときも、僕の知り合いは年配の監督と、女性ナレーターの二人だけだった。

特A弁当

昼過ぎになると「何食べます?」とスタジオのスタッフが、僕にメニューを持ってきた。僕に最初にメニューを聞いてきたのは、一応この場は僕が主役なので、気を使ってのことだろう。
長時間に及ぶスタジオワークのときは、時間節約のため制作サイドが食事を用意することになっていて、弁当か店屋ものが普通である。
このとき見せられたメニューは、立派な写真入りの仕出し弁当だった。
まず一番安いのが、幕の内風のB弁当、1500円である。
次がB弁当の紅鮭を天ぷらに換えて、ゴボウ巻きの換わりに、うなぎの蒲焼が入っているA弁当2000円。
そして一番高いのが天ぷらとうなぎ付きA弁当に、さらに茶碗むしを付けた特A弁当2500円だった。
このメニューの写真を見る限りでは「うなぎ、てんぷら、茶碗むし」の2500円の特A弁当は、ものすごくうまそうに見えた。
しかし初参加のプロジェクトだし、いきなりずうずうしい奴と思われるのも困るので、隣にいた監督に聞いてみた。
「監督、今日は何食べます?」
「ん〜・・・オレはB弁当にしとく」
ちょっとがっかりだったけど、監督よりも高いものを食うわけにもいかず、「じゃあ、僕もBで」とひかえめに言って、メニューをオペレーターに回した。
すると彼はあっさり「特A!」と言い放った。
僕はびっくりしたが、次の者も、また次の者も躊躇することなく「特A!」「特A!」を連発するのである。
そしてとうとう、僕と監督を除く全員が「特A」を注文したのである。
僕は驚きを通り越して怒りが込み上げてきた。
「お前らバカか!監督は番組の予算を気にしてB弁当にしてるんだぞ!主役のオレでさえB弁当なんだぞ!なんで営業に来たお前らが特A弁当食えるんだ!」
 と、心で思いっきり叫んだが、気づかれてはカッコ悪いので、仕事用のポーカーフェースを続けた。

 やがて弁当が届くと、作業をいったん中断してみんな別室に集まった。
「あれ、監督、今日はいつものと違うんですね」
弁当を食い始めたとき監督に声をかけてきたのは、ナレーターの女性だった。
「いつも特Aだから飽きちゃってさ、たまにはあっさりしたの食わなきゃ」
それを聞いた僕は思わず泣きそうになった。
 監督はMAの前にも、ナレーション録りや編集は、このスタジオを使っていて、ずっと特A弁当を食っていたらしい。
しかもそれを知らないのは僕だけだったのだ。監督は予算を気にしてB弁当にしたわけではなかったのである。
ナレーターの女性は、僕の体型と弁当を見比べながら、さらに僕を悲しませる言葉を投げかけてきた。
「加藤さんって以外に小食なんですね」
「違うんだよ!オレだって天ぷらとうなぎと茶碗むしの特A弁当食いたかったんだよ!何でそれを早く言ってくれなかったんだよ!」
 と言いたいところをぐっと我慢して、
「このあと作業もあるますから、腹いっぱいになると眠くなっちゃうタイプなんですよ、ハハハ・・・」
 顔で笑って腹で泣く。寅さんの心境を実感した一日だった。

アサリの酒蒸し

特A弁当を先月食い損ねて悔しい思いをしたばかりだというのに、またもや、おとといの夜、食い損ねの悔しい思いをさせられた。
 仕事仲間の友人と打ち合わせを兼ねて、居酒屋のカウンターで飲んでいたときのことである。
 僕は酔いが回ってくると、焼き鳥を食う前に串を全部はずしたり、焼き魚を食う前に骨をはずしたりする癖がある。いちいちはずしながら食うのが面倒になってくるからだ。
そのときも注文したアサリの酒蒸しの殻と身をせっせとはずし、さあ食うぞ、というとき携帯電話が鳴った。
僕は酔っていてもマナーはいいほうなので、外に出で電話を受けた。
少々長い電話になってしまったのだが、席にもどると、なんと、アサリがなくなっていた。下げられてしまったのである。
殻を全部はずしてあったため食い終わったものとカン違いされたらしい。
だけど、僕の盛り上がったアサリの酒蒸しを食いたい気持は収まらない。
もう一度注文しようとしたが、友人は時計を見ながら「もうそろそろ・・・」と言うし、長電話で待たせた負い目もあるので、やむなく店を出た。
しかし、帰りの電車の中では、食い損ねたアサリの酒蒸しが頭の中をグルグル回って仕方がない。
僕は駅を降りると、急いで自宅近くの深夜営業のスーパーに駆け込み、ちょうど運良く一袋だけ残っていたアサリを手に入れた。
さっそく家に戻り、こしらえたアサリの酒蒸しの味は絶品だった。
食いたい気持がつのればつのるほど、食いたいものはうまくなる。
たまには食い損ねてみるのも悪くないものだ。

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