エッセイ
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買い食いの味 

ホッピー

僕は黄昏どきの赤提灯にめっぽう弱い。
仕事帰りに赤提灯を見かけると、吸い寄せられるように足が赤い色へと向かってしまうのである。そして赤提灯の赤が物憂げであればあるほどその吸引力は強い。
さらに今夜こそはまっすぐ帰ろうと決めた日ほど、物憂げな赤は強力に僕を手招きする。そしてほんの短い葛藤の後、ちょっと後ろめたさを感じつつ僕は必ずのれんをくぐってしまうのだ。
でも毎度のように感じるこの後ろめたさが実は心地よくて赤提灯通いが続いていたりする。
僕の好きな赤提灯は、焼き鳥を主流にしている店が多い。狭い店内に煙が充満していて、相撲の番付表の隣に水着のポスターが貼ってあったり、カウンターの上に常連客が持ち寄った趣味の悪いみやげ物がならべられたりしている。
この生活感漂う店内が仕事帰りの僕をホッとさせてくれる。
店に入ると、まずホッピーを注文する。ホッピーとはアルコールが抜いてあるビールみたいな飲み物だ。これで焼酎を割って飲むのである。ホッピーはビンごと出されるので、何杯かに分けて飲むことができる。焼酎が足りなくなると「中身ちょうだい!」と言って焼酎のおかわりをもらう。
味はというと当然ビールと焼酎を混ぜたような味だ。ちょっと怪しい。
しかしこの「ちょっと怪しい」というのが魅力なのである。そこに「ちょっと後ろめたい感じ」も加わって、魅力は倍増する。

十円コロッケ

今の僕にとってのホッピーは、少年時代の駄菓子屋のコロッケみたいなものである。
昔の駄菓子屋の食い物はちょっと怪しかった。日の当たる店の前のほうには、異様なくらい色鮮やかなビニール入りのジュース。決して大物が当たらないクジ付きフーセンガム。舌が真っ赤に染まるひも付きイチゴアメ。どれもこれもなんとも言えない甘さだった。
店の奥の薄暗い座敷には、かっぽう着のおばちゃんと年取ったネコが座っていて、そばには緑色のトレーに十円コロッケが並んでいた。
小判型をしたそのコロッケはイモの味も香りもせず少し塩辛いだけで、揚げ物なのに衣がしっとりしている。それなのに中身がパサパサで、かじるとふにゃ、ぼそっ、という独特な食感なのである。これはかなり怪しい代物だ。
小学生の僕は、この怪しい十円コロッケが大のお気に入りだった。学校からの帰り道は毎日のようにコロッケをかじりながら歩いていたものである。
ところが学級会で「買い食いはやめましょう」との議題が持ち上がり、僕の反対も虚しくあっさりと買い食い禁止が決まってしまった。
しかし学級会で決まったぐらいで僕は十円コロッケをあきらめるはずもなかった。さっそく次の日から隠れ買い食いに徹することにした。
下校途中、級友に見つからぬようこっそり駄菓子屋に入り、おばちゃんから十円コロッケを買う。そして後ろめたさを感じながら、人目につかぬようひっそりとコロッケをかじった。
ちょっと怪しいものを、後ろめたさを感じながら食うスリルと喜びをおぼえたのはこのときからだった。

十円ハムカツ

僕の買い食い癖は中学になっても止むことはなかった。
そのころになると小判型の十円コロッケは姿を変え、丸型の二十円コロッケに変化をとげていた。
この二十円コロッケは衣がさっくりしてイモらしい味もするのだが、従来の怪しさが払拭されて、いわゆるふつうのコロッケだった。怪しさのかけらもない、ふつうのコロッケを食べるのにわざわざ買い食いする必要もなかった。
代わりに選んだ買い食いメニューは、新たに登場した十円ハムカツである。このハムカツのハムの薄さは強烈で、向こうが透けて見えるほどだった。この極薄ハムにたっぷりの衣をまぶし、固めに揚げて極薄ハムを安定させるのである。
この新登場のハムカツのどうしようもない安っぽさと怪しさが僕の心を躍らせた。
中学生といえば食べ盛りである。おまけに部活を始めて腹は減り放題だった。そのころの僕はこのハムカツの三枚重ねを定番メニューとしていた。

三十円メンチ
僕がすっかりハムカツ愛好者になっていたころ、さらに心を躍らせる新製品が登場する。
三十円メンチカツである。このメンチを初めてかじってみたときの驚きは今でも忘れない。
メンチカツの中から姿を現したのは肉ではなく大量のタマネギだった。そのタマネギは細かく刻んでしんなりと炒められ、衣の中に隙間なくびっしりと詰められていた。
肝心の肉はというと、ほんの申し訳程度にひき肉が顔をのぞかせているだけなのである。
しかしこのメンチの味がたまらなかった。タマネギのジューシーさとあまみの中に見え隠れする肉のうまみ、このバランスが絶妙なのである。
しかも僕の好きなふにゃっとした怪しい食感や、買い食いメニューにふさわしい安っぽさも十分満足のいくものだった。
以来、中学卒業まで三十円メンチひとすじの買い食い生活が続いたのは言うまでもない。

さて、僕がこの原稿を書きたくなったのは、先週赤提灯でホッピーを飲んでいるとき、急に三十円メンチのことを思い出し、ひとりで郷愁にひたってしまったからである。
さっそく僕は翌日、材料を買い込み、味の記憶をたどりながら三十円メンチを再現してみた。試行錯誤の結果、食感が微妙に違うのだけれど、当時の三十円メンチに近いメンチカツが出来上がった。
作り方のポイントは、つなぎとなるパン粉の量である。このメンチはタマネギが多いので材料を混ぜても、まとまりにくいのだ。
そこでパン粉の量を多くすれば、まとめやすいのだが、独特のふにゃっとした食感や、タマネギの風味が損なわれてしまう。ここはひとつ好みに応じた微妙なパン粉の調整が必要なところである。
もうひとつのポイントはナツメグやジンジャーなどの洒落た香辛料は使わないことである。せっかくの素朴な風味が一気に現代版メンチカツに早代わりしてしまうからだ。
同じ体験を持つ人はぜひ、そうでない人も暇があったらレシピを参考にこの三十円メンチをこしらえてみてほしい。
ちょっと怪しいけど、どこか懐かしい味がするはずである。

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