エッセイ
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ひとり鍋の楽しみ



 鍋はバンドサウンドである

 先日コンサートの打ち上げを兼ねて、それぞれが材料を持ち込む鍋パーティーを我が家で開催した。
「寄せ鍋風の材料を持ち込むこと」と、申し付けてあるので、闇鍋ほど怪しい鍋にはならないのだが、うけを狙って、たくあんの一本漬けやらアジの干物やらを持ち込むやつが必ず一人や二人いる。
 だいぶ前だが、タイ焼きをどうしても鍋に入れてくれ、とせがむのを説得するのに苦労させられたことがある。インド在住期間が長いパーカッション担当の男なのだが、ニコニコしながら「いい隠し味になるんだよ、これが」と本人は冗談のつもりでないところが恐ろしかった。
 今回の鍋は、鍋奉行である僕の厳しいチェックと、魚介類が豊富だったおかげで、誰もが思わずうなってしまうほどの強力なダシがとれたのである。
 そのせいか、いつもは打ち上げに出席してもギターを片時も離さず、もっぱらBGM担当で、壁の花になっているギタリストが、この日は珍しく黙々と鍋を食べていたのである。
「鍋ってさぁ、バンドみたいだよなぁ」ふだん無口な男が、鍋の汁をすすりながらしみじみと言うので、みんな彼に注目した。
「だ、だってさぁ、みんなが混ざるとうまくなるだろ」彼は注目されると慌てだすタイプなのである。
「それじゃまるでオレ達がヘタみたいじゃねえかよー」つっこみ役のドラムがフォローのつもりで言うが、ギタリストはますますうろたえる。
「さらにうまくなるってことよねー」下ネタ奉行として厳しいマネージャーも、この無口なギタリストには優しい。
そこにベーシストが突然口をはさむ。
「鍋で言うなら、オレのバンドのポジションはエビだな」するとすかさず「お前、ベースっていうぐらいだから、ダシ昆布で十分だろう」と、またドラムがつっこむ。するとベースが「お前はこれだ」と鍋からシラタキをつまみだす。「何を!」と今度はドラムが鍋をまさぐりだすので、鍋奉行の僕は「まあまあ」と止めに入り、盛り上げ隊の女性陣がゲラゲラ笑う。やはり鍋を囲めることは仲良しの証である。
 この話をきっかけに、鍋の具に例えたバンドのポジション争いが果てしなく続いたのだが、みんな肉やら魚やらのおいしいポジションを狙うため、結局まとまることはなかった。
 でもひとつだけみんなが納得したポジションがあった。鍋を決めるコンロの火加減、それは観客の拍手と歓声、である。

 ひとり鍋の楽しみ方

 僕は日ごろから、ひとりきりでも鍋を十分に堪能させてもらっている。
 僕のひとり鍋の行程は、すべてちゃぶ台の上で行う。ざっと洗った材料をザルに入れて、小さめのまな板とぺティーナイフを用意する。鍋に昆布を入れて水を張り、コンロに火をつけたら、ちゃぶ台の前にどっかりあぐらをかく、後は動かない。ヨーヨーマのバッハなんかを聞きながら材料を切り、電話をしながら具を入れてアクを取る。さらに火加減を見ながら焼酎を用意し、本を読みながら酎ハイを飲んで煮えるのを待つ。煮えたら鍋をつつきながらテレビを見て、日本酒に切り替える。そして最後は洋画のビデオを鑑賞しながら雑炊をゆっくり味わうのだ。
 ひとり鍋と聞けば、寒い夜に独身男が殺風景な部屋のなかで、背中をまるめている哀愁のうしろすがたを想像するが、まあ、はたから見ればまさにその通りである。
 しかし本人はいたって気楽で楽しいものだ。台所に立つことなしに鍋を作り、鍋を作りながら鍋を食べられるからである。そしてその間は、ゆっくりと趣味の時間さえ過ごせるのである。
 さらにひとり鍋のうれしいところは、洗い物が少なく、基本的に鍋と器だけである。にもかかわらず、野菜、肉、魚貝類をまんべんなく食べられて、スープまでつくという豪華なフルコースである。一人暮らしにとっては栄養バランスが盤石のメニューといってもいい。おまけにうまみや栄養分を、みじんも逃すことなく雑炊で締めくくれるのである。
 
 もと大関朝潮の若松親方がインタビューでこんなことを言っていた。
「ちゃんこ鍋というのは、食べ盛りの若い衆が栄養のあるところを腹いっぱい食べられるようにできてるんですよ」
 お相撲さんといえども、体ができあがって幕内クラスともなれば、思ったほど量は食べないそうだ。番付同様、上位の力士から自分の好きなところだけを食べて鍋を去る、そして次の番、また次の番、と繰り返していくうちに、最後は、あらゆる具が煮つまったうまさと栄養の宝庫が残る。それをこれから体をつくる食べ盛りの若い力士が、ご飯と一緒に腹いっぱい食べるのだそうだ。
 ひとり鍋は、相撲部屋のちゃんこと違って、若い素材も煮込んだ素材も、その両方も、その日の好みで選べる。
煮込みが浅くてまだシャキシャキ感が残るネギや白菜は、野菜の風味や歯ごたえが楽しめるし、ダシがしみ込んでくたくたになったネギや白菜もまた格別である。
雑炊は汁を多めにサラサラといきたいときもあれば、リゾット風にねっとりしたものを食べたいときもある。さらに卵でとじるときも、蒸す時間のかけかたで半熟と固蒸しが選べるのだ。
ひとり鍋はどこを完成形とするかが本人のお好みしだいということである。

 イワシのつみれ

 ひとり鍋は気軽なものである。だから特別なレシピはない。だけど飽きが来ないように、たまには手の込んだ素材を鍋に入れてみたいものだ。
 そこで今回お勧めするのがイワシのつみれである。さすがにつみれ作りはちゃぶ台の上ではできないが、手間をかけるだけの価値は十分にある。
 イワシのつみれは沸騰した湯に落として煮ると、これまたいいダシがとれる。僕はしゃぶしゃぶの要領でひとつづつゆでながら食べることにしている。味噌としょうがを練りこんだつみれを大きめのスプーンで広く薄くすくって鍋に落とし、あまり固くならないうちにすくいあげてそのままホクホクと食べる。そうして次から次へとビールや焼酎のつまみにして、全部食べきってしまうのだ。
 そのころには鍋にイワシのいいダシが出ているので、風味付けにベーコンを一枚加えて野菜を煮る。この場合は野菜に春菊は欠かせない、野菜が煮えたらポン酢につけてハフハフと食べる。野菜がイワシとベーコンのダシをほどよく吸ってくれてなんとも品のいいうまさだ。
それにDHA含有量の代表格であるイワシのあとに、たっぷりの野菜である。「このぉ、健康ものぉ!」と、思わず自分で自分をほめたくなったりもする。

 こんなふうにひとり鍋はいろいろな具や調味料を試して、独自の鍋スタイルを築き上げてほしいものである。また、常に煮込み時間や味付けをこまめに変えて楽しんでみることもお勧めしたい。


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