エッセイ
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 美食なノラ  
   
 ノラとの出会い

 痩せっぽっちノラネコでも夢を抱きしめて、風に吹かれ気の向くまま屋根から屋根へと… 「ノラ」という曲の一節である。一緒にユニットを組んでいるボーカリストの作詞によるものだ。 
彼女は僕の家に出入りするノラネコの噂を聞きつけ、しょっちゅうネコ見物にやってきた。彼女も僕同様気まぐれなノラネコを大いに気に入ったようで、勝手に「お茶吉」と名付けてしまった。
 お茶吉…この名前をつぶやいてみると今でも胸が熱くなってしまう。  都電沿いの古いアパート、西日が強い二階の六畳間、そしてふてぶてしいノラネコの昼寝姿がじんわりとよみがえってくる。  十三年前の春の昼下がり、僕の住んでいたアパートの窓から見知らぬノラネコがひょっこり顔を出した。お茶吉との出会いである。
  彼はしばらく部屋の中をキョロキョロ見渡すと、のっそり部屋の中へ上がり込んできた。そして僕の存在など気にとめる様子もなく、いきなりキーボードの上へ飛び乗って昼寝を始めたのだ。
 そのころの僕はアルバムの制作に追われていて、いつも朝方まで音楽の打ち込みを続けていた。その日もいつものように昼過ぎに目覚め、まだベッドの上でボーっとしているときだった。
 僕はあっけにとられながらも、お茶吉の昼寝姿をぼんやり眺めていた。するとモノクロペンギン模様の体とキーボードの白黒鍵盤はだんだんとコーディネイトされて、まるでそこが定位置のように一体化して映ってくるのだった。
 不思議に思いながらも一時間ほどが過ぎただろうか、目を覚ましたお茶吉はキーボードの上で悠然と毛繕いを始め、それが終わるとまた何事もなかったようにさっき入ってきたベランダの窓から帰ってしまったのである。
 それから再びお茶吉が我が家へ現れるのは、突然の珍入事件から数日が過ぎたころのことだった。
 今度はあたりをキョロキョロ見渡すこともなく、なじみの店のいつもの席に座るように、ひょいとキーボードの上に飛び乗り、また昼寝を始めた。なんだか僕は急に嬉しくなって台所からマグロのフレークを探し出して、缶を開けてそっとキーボードの下に置いてみた。やがて目を覚ましてキーボードを降りたお茶吉はマグロのフレークには気づいたものの、ちょっと匂いを嗅いだだけで何の未練も残さず、入ってきた窓からまたさっさと帰ってしまったのである。
 僕は本当に驚いた。しかしこのことが、今まで一人暮らしで料理になど一切興味の無かった僕を一人料理の楽しい世界へと導くきっかけになったのである。 

美食なノラ     

そもそもネコといえば魚じゃないか、魚を食わぬネコなど、ニンジンを食わぬ馬より珍種のはずである。そこで僕はその後お茶吉が我が家へ訪れるたびに、いろんなものをあたえてみてその食生活を観察してみることにした。
その観察結果をまとめると、

一、皿に盛るのが基本。
二、大変上品に召し上がる。     
三、濃い味は不可。
四、より高価な食べ物がお好き。
五、食べ物をおねだりしない。
六、ついでに甘えない媚びない。
 
お茶吉はこんなふうにノラにもかかわらず美食家で、誇り高いネコだったのである。
 いや、ノラだからこそ自由気ままに飄々と暮らし、飼いネコ以上に美食で誇り高く生きられるのだろうか?
 ふてぶてしいお茶吉の昼寝姿を見るたびに僕はいつもそんなことを思い、納期に追われあくせくしている自分によく溜め息が出たものである。
 そのころの僕の食生活はというと、皿に盛らずとも鍋ごとだって食えるし、早食いである。濃い味が好きで質より量、コストパフォーマンス第一主義者である。おまけにおごられるの大好きでそのためならヨイショでもなんでもできちゃう…
 完敗である。いったいどちらが人だかネコだかわからない。僕はこれを自覚したとき、溜め息だけではとどまらず、いささかショックを受けたのであった。
 そしてさらなるショックな出来事が僕に追い打ちをかけた。スーパーの特売日で買ったシーチキン二缶(僕用)よりもお茶吉の大好物である某メーカーの高級キャットフード一缶のほうが値段が高かったのである。
 そのキャットフードといえばグルメなネコの贅沢メニューをうたい文句にしている缶詰である。納得できない僕はいったいその缶詰がなんぼのものか味見をしてみることにした(…!)
 そこでさっそく市販のペースト類(もちろん人用)もいろいろ買い込み試してみた。どれも味や香りは例の缶詰より上だが、肝心のまったりとした、しかも舌の上でゆっくり広がるすり身のコクは例の缶詰にはどれも遠く及ばないのである。このことは僕にとって完璧に納得がいかなかい結果であった。
 ネコにばかりにうまい思いをさせてたまるか!  

レバーペースト  

そんなわけでほとんど料理初心者の僕は、よりうまいペーストを自作自食するために心機一転、気合いを入れて料理を始めることになるのであった。年月を重ねるにつけメニューはペーストからテリーヌへ、そしてミートローフ、ムースへと広がってきた。
 今回は手軽に作れてビタミンB豊富、そしてペースト系料理の基本である鶏のレバーペーストのレシピを紹介することにしよう。
 ポイントはレバーの風味を良くすることである。ラムやブランデーが定番だが僕はバーボンを使う、香りの品が良く、さわやかな仕上がりになる。固さはタマネギの量、しっとり感はバターと生クリームの量で調整するとよい。  レバーペーストはカナッペやクラッカーにつければワインなど洋酒系のつまみにぴったりである。パーティー料理のオードブルにもってこいだ。
 また中華の炒め物をひと味変えたいときなどは仕上げにほんの少しだけ加えてみるとよい、クセになりそうな独特な風味が生まれてくる。
 そしてなんといってもレバーペーストの食べ方の王道は、こんがり焼いた厚めのトーストにレバーペーストをたっぷり塗った朝食である。あのもりもりと食べる爽快なうまさはぜひ味わってほしいものだ。

さて、お茶吉である。
 彼との暮らしは三年間続くことになる。また別の機会にその後のお茶吉との暮らしぶりを綴ってみようと思う。  もちろん新しいレシピも添えて…



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